大信州酒造について

大信州酒出会った当時、今の大信州とたか田の関係になれるなんて考えても見ませんでした。
何と恵まれているのでしょう・・・《愛・感謝》を感じています。

当店と大信州酒造との出会いは、たか田開店3年後のH13年の春の事でした。
当時、新潟の淡麗辛口酒を前面にして品揃えしていましたが、漠然と、「酒屋には全国の日本酒が並んでいるのにたか田には新潟の酒が多い。もっと他にも旨い日本酒があるのではないか?」と思っていた時
たまたま来店された長野県で蕎麦店を営む方から”長野の大信州は旨いよ”と教えて頂きました。
それを元に色々と手を尽くして大信州酒造松本本社の電話番号を手に入れ早速電話しました。
その時、電話を取ってくれたのが田中勝巳氏(蔵元兼製造部長、当時営業室長)でした。
当時、営業で全国を飛び回っていた勝巳氏がたまたま本社にいたのでした。

受話器の向こうから物腰 柔らかで熱意あふれる声が聞こえてきました。
その時の勝巳氏との会話は今でも鮮明に覚えています。

そうして一軒の酒屋を紹介して頂きました。
その酒屋との出会いこそ当店の日本酒に関するあらゆる意味においての革命の始まりでした。
早速、酒のサンプルと資料を持参してくれたのが30才そこそこの若い酒屋さんでした。
初めは正直大丈夫かとも思いましたが、話をするに連れどんどん引き込まれて行きました。

勝巳氏との電話から一週間ほどしたある晩、
店の玄関が開き、スーツ姿の二人組みが”大信州ですが”と言いながら入って来ました。

勝巳氏が東京への出張の帰りに立寄ってくれたのでした。
その時、初めて勝巳氏とお会いし色々とお話しました。
蔵元が、日本酒を通じて飲み手の方たちに幸せな気持ちになってほしいと思い
その為ならば手間隙を惜しまず、ありとあらゆる事を酒造りに注いでいる事を知りました。
それは、まさしく当店が来店して頂くお客様に思っている事と同じベクトルだと感じ大変共感しました。
あの日以降、我が友と言わせて頂けるほどに親しくさせて頂いております。

それ以来、たか田で日本酒を愛してやまないお客様と毎年大信州への蔵元見学ツアーを行ったり
当店での蔵元をお呼びしての酒の勉強会を行っています。

「酒を醸すこと、それは自然との融合です。
決して逆らわず、静かに調和をとること、それがすべてです。
水、米、人そして大自然が一体となリやがて一滴へと生まれ変わる。
まさに信州の大自然の中に薫る水を私たちは醸し続けます。」
これは大信州のポリシーとも言える一文です。

大信州の酒造りは、《愛・感謝》《以和為貴》(和をもって貴しとなす)の心で
酒造りへの魂の入り方は並大抵のものではありません。

社長の隆一氏(蔵元、勝巳氏の兄)、
製造部長の勝巳氏、
中堅の森本、小松(剛)、
若手の池田、寺澤、広瀬、宗形
本当に魂を揺さぶる素晴らしい酒を醸す酒蔵です。

本社は松本市に、酒造蔵は豊野町にあります。
松本本社では製品の瓶詰め、貯酒、出荷を担当。
豊野蔵で醸された無垢なお酒は松本で最新鋭の充填機、パストライザーで優しく瓶詰め加熱殺菌されます。
蒸気を上げながらのこの作業を黙々と中堅の小松(哲)を中心に汗をかきながらこなしています。
「どれだけ良い酒を醸しても瓶詰め、加熱殺菌、貯酒の精度を上げていかないと旨い酒と自信を持って出荷できない」と隆一氏が話していました。
松本の作業をチームワーク良くまとめている関澤常務は、いつもニコニコ元気一杯で大信州の要です。

毎年10月1日から酒造りがスタートし翌年のゴールデンウィーク過ぎまで続きます。
蔵の規模としては中程度、2000石程でこじんまり醸しています。
最先端の工場といったような物ではなく、酒造り本来の手作業中心です。
仕込水は北アルプス連峰の伏流水(地下を流れてくる天然水)を初め複数の水を使い分けています。
精米に付いては、長野県内(100以上の酒蔵があります)でも
数蔵しか持っていない全自動精米機(一基数億円を二基)を備え
県内産酒造好適米・・・ひとごこち、金紋錦  兵庫県産最高級山田錦を用いて長時間精白し
普通酒から鑑評会出品酒(大吟醸YK35)まで醸しています。

大信州の酒造りの凄い所は鑑評会酒の造り方を普通酒でも踏襲して、
低温発酵でもろみ日数約30日・・・こんな普通酒そんじょそこらにはありません。
という訳で一番下のクラスでこれだけの手間を掛けているのですから
上のクラスは言うに及ばず素晴らしいです。
又、10月1日 仕事始めの仕込みのタンクNo.1号からNo.82号(27BY実績)まであるのですが
他の蔵では普通、同じ仕様の酒を数本造りそれらをブレンドして味を均一化して出荷するのですが
大信州の場合は、特によく出来た酒の一番旨い部分をシングルモルトとして少量出荷しています。
この酒は仕込みシリーズとして当店にも入荷します。

大信州の酒質を一言で言うと「軽くて幅のある酒」です。
飲み飽きしない軽さ、上品な味わい、そしてキレ。
仕込水の特徴を引き出し、米の旨味を残す。
酒が生れ落ちた時に持っている「旨さ」の本質を充分残して瓶詰めする。
なるべく手を加えず瓶詰めすることで芳醇な香りと複雑な味わいを封じ込めます。
そして酒は二度目の調べを和えます。
搾り上がった酒は、蔵の中で静かに時を経て、穏やかに、柔らかく、淡やかな酒へ。
蔵元が世に問うてくる酒はどれも造り手の心が入った、そして個性のある大信州の温もりを感じます。

大信州酒造はほとんどマスコミに出る事はありません。お酒の品質では全国トップクラスなのに何故?
それは飲み手の方々が”大信州は旨い”と底辺から声を上げて、それが飲食店や酒屋を動かして来ました。
“現在でもこれ以上の酒の増産は造り手に死人が出るかもしれない”と社長が話していたことがありました。
その位一切の妥協が無いのです。
酒販店の業界では大信州との取引を希望する酒屋さんが沢山在るそうですが、これ以上増やせないとの事です。

大信州酒造に伝説の杜氏 下原 多津栄(しもはら たづえ)氏がの平成20年までいらっしゃいました(当時の現役杜氏最高齢、91歳)。平成29年には100歳になられる大先輩です。
下原杜氏は酒造りの神様と言われています。酒造り74年。
その甲斐あって全国新酒鑑評会での金賞受賞も毎年のように
又、関東信越国税局鑑評会では常連の入賞杜氏として県内の杜氏仲間の間では指導的な立場にありました。
酒造りの生き字引として、他の蔵の杜氏達が自分の造った酒を下原杜氏に見て貰うためにやって来ると聞きました。

下原杜氏の元気な姿は本当に驚きでした。
晩年、90才を越した頃でも若い蔵人と同じように米を担いで階段を上がります。
とても優しげな眼差しで、しかし現場ではピーンとした空気をかもし出します。
その下原杜氏と握手をすると更に驚きます。まるで赤ちゃんの手の様に柔らかくしっとりしています。
多少耳が遠くは成っていましたが、かくしゃくとして、本当に良い爺さまです。
現在、故郷の長野県小谷村で野菜作りなどしながらゆっくりと過ごされています。
今でも全国に下原杜氏のファンが沢山いると聞きます。(と言う私もその一人です)

勝巳氏の下、若い蔵人達が酒造りを支えています。
早朝より的確に仕事をこなし、
生きた酒達と向き合って日々精進する姿は頼もしく、
彼らと話をしていると何時も熱く語り合ってしまいます。
特に酒造りの現場での技術的な話や、ちょっと内緒な話等
会うたびに楽しくて仕方がありません。

たか田では、大信州の仕込み水をチェイサーとしてお客様にご提供しております。
隆一社長のご配慮により、蔵で酒造りに使用しています「北アルプス連峰伏流水」を特別に瓶詰めし毎週蔵元直送でお送り頂いています。
この水は北アルプスに降り積もった雨雪が地下深くに浸み込み大きな河川の地下にもう一つの川を作り流れてくるものです。砂礫層を流れて来ることにより水の不純物等々が減少してろ過された水質になります。
正に天然大地の恵みの水です。お飲み頂いたお客様から「ナチュラルで優しく体に染み込みますね」と言って頂けます。

当店で取り扱う大信州のラインナップは、年間40アイテムほど。
一つの蔵の酒をこれ程取り扱う飲食店は滅多にないと思います。
蔵元秘蔵の酒なども直接分けて頂きお客様にお飲み頂けることは大変に嬉しい事です。
どの酒も造り手の顔の見える、蔵元自慢の逸品です。
以前に隆一氏に” たか田さんには大信州の良い酒が全部行ってるね”と、
勝巳氏には”全国に大信州フリークは沢山いますが 、たか田さんのお店ほど熱いお店は他には無いね”と。
今では月に数度 蔵に電話したり、年に一回 蔵元見学に行かせて頂き意見交換するなど大変仲良くさせて頂いております。

※平成28年6月 執筆